INTRODUCTION
私たちは様々なことをしながら生きています。料理を作り、食事をとり、噂話に花を咲かせ、物を運び、パソコンの前に座り、友人と川辺を散歩し、暖かい布団の中で眠りに落ちる。人は、自然を利用しながら、共に生きる人々と社会を形成し、様々なテクノロジーを利用しながら生きています。人類学は世界各地の様々な時代を対象に、いかに人間が自然や社会や科学技術との関係で生きているのかを探求する学問です。
しかし、人はいつでも不自由なく生きているわけではありません。不意の病いに倒れ高熱にうなされるかもしれません。年を取れば思うように動けなくなることもあるでしょう。そもそも生まれた時から「自由である」ことの意味が異なっている人もいるでしょう。医療人類学は人が生きるにあたって直面するこれらの問題について考える人類学の一分野です。
それでは、病気や老衰や障害について、自然や社会や科学との関係で考えるとはどういうことなのでしょうか? この質問に一言で答えるのは簡単ではありません。少し、話題が抽象的になりすぎてしまったようです。ここでひとつだけ言えるのは、医療人類学は、人間の健康と医療について、医学や看護学などとは少し異なる視点から考えてきたということです。
私たちは、医療人類学が積み上げてきた思考が、人間を理解するためだけでなく、具体的な医療実践を行う上でも重要な貢献ができると考えています。人間は、生物学的な存在であるだけでなく、環境と相互作用しながら、社会を構成し、技術を発展させながら生きている存在でもあるからです。
このページでは、そのような人間の営みを解明しようとする医療人類学の思考がどのようなものなのか、具体的に紹介していきます。